妊娠と出産 | 母乳と環境ホルモンについて

環境ホルモンとその問題点

20世紀の科学文明は人類にかってない繁栄をもたらしましたが、その反面地球環境の汚染という大きな問題も生じました。人類が作り出した化学物質の中に は微量でも正常なホルモン作用に影響を与え内分泌撹乱物質(環境ホルモン)として働くことが知られてきました。「奪われし未来」で示されたように野生動 物、動物実験では生殖機能や次世代への影響が指摘され、環境ホルモンの問題は人類の未来にとって重要だと思われます。身近な問題でも、ダイオキシンに代表 される環境ホルモンが母乳中に高濃度に検出されることは新聞雑誌などのメディアにも取り上げられています。妊婦さんあるいは褥婦さんからもこの問題に対す る質問は少なくありません。従って環境ホルモンと母乳に関する正しい知識を持つ必要性が大きくなっています。
母乳に含有される環境ホルモンは様々ありますが、最も問題になるはダイオキシンです。そこでダイオキシンに限って話を進めたいと思います。ダイオキシン はご承知のように、主にはゴミ燃焼過程で生まれます。我々の体には空気や水からも摂取されますが、食物からはいるのが大半です。ダイオキシンをどれだけ摂 取しても安全かははっきりしていませんが、この程度までは大丈夫であろうという耐容1日摂取量は体重1キロあたり4pgとされています。ちなみに成人にお ける日本人の平均摂取量は2-3pgとされ、国民の10-20%はこの基準値を超えたダイオキシンを摂取しているのが現状です。


母乳とダイオキシン

ダイオキシンは脂肪に溶けやすくで母乳中には濃縮されることが知られ、測定した成績をみると、母乳100g中にはおよそ100pgのダイオキシンが含有 されることがわかっています。この母乳のダイオキシン濃度から試算すると乳児の1日摂取量は100pgとなってしまいます。これは先に述べた4pgという 基準値の約25倍となり、乳児は母乳保育によって大量のダイオキシンを摂取することになります。実際母乳保育児の血液中のダイオキシン濃度を測ってみると 人工乳の乳児に比べ高いことも報告されています。したがって母乳からのダイオキシンの摂取は乳児期の短期間ではあれ、その後の影響が心配ないとはいいきれ ません。
母乳とダイオキシンの関係では他にもいろいろなことがわかってきました。ひとつは母親の年令による母乳ダイオキシン濃度の変化です。ダイオキシンは日々 食事などから摂取されて蓄積されているため、年令が増加すると母乳中の値も増えるのです。初産婦と経産婦の母乳を比較すると経産婦でダイオキシン濃度が低 いこともわかっています。これは母親が妊娠、出産、哺乳を経験することにより、ダイオキシンが胎盤や母乳を通して、胎児、乳児へ移行して、母親の体内から 減っていると理解されます。ダイオキシンが減るのは悪くありませんが、子供への影響は心配になります。


母乳中ダイオキシンのリスク評価

母乳には相当量のダイオキシンが含まれていることは事実であるが、それがなんらかの悪影響をもたらすという客観的データはないといっていいでしょう。母 乳には数々の優れたメリットが多くあり、乳児期の限られた期間に母乳栄養を中止することはないという考え方が日本のみならず、世界で一般的です。ただし母 乳保育の安全性を確認していく努力も必要と考えられる。
母乳保育の安全性は成人に達した時の疾患罹患率を母乳保育か人工乳保育かで検討することで評価できると考えられます。そこで乳児期の保育方法と後々の子宮 内膜症の発症リスクをアンケート調査で明らかにしようとした研究を紹介しましょう。子宮内膜症を取り上げた理由は、昨今の子宮内膜症増加の原因として環境 中に増加している環境ホルモンの影響が取りざたされているからです。その発端はサルを用いて実験したところ、ダイオキシン1日100pg程の投与で子宮内 膜症の発生率や重症度が進んだという報告があったからです。これは母乳に含まれ乳児が摂取する平均的な量に匹敵します。乳児期に母乳からダイオキシンを摂 取した女の子が将来子宮内膜症にかかりやすいかったら大変です。
 そんなわけで、母乳が後々の子宮内膜症発症の可能性を高めるかどうかを、日本子宮内膜症協会会員の方々や東京大学病院の患者さんおよび一般ボランティア 女性を対象としたアンケート調査で明らかにしようとしました。その結果、子宮内膜症でない方の母乳保育率が68%に対して子宮内膜症の患者方では51%と 子宮内膜症でない方のほうが、母乳保育率が高いという結果を得ました(図1)。 これにより、母乳哺育で相対的に高いダイオキシンの被曝を受けても子宮内膜症発症のリスクとはならないことが示されました。むしろ母乳には子宮内膜症の発 症を予防する可能性もありそうです。この調査によって母乳は優れた栄養源であり、かつ、少なくとも過去において安全性に問題はなかったことが支持される データです。
 
図1.乳児期の哺乳方法と子宮内膜症
母乳哺育で育った割り合いは子宮内膜症患者より非患者で有意に高く(P<0.001)、
母乳哺育は子宮内膜症のリスクをあげないことがわかる。


おわりに

ダイオキシン等の環境ホルモンの人類への影響は研究が端緒についたところです。動物実験では胎盤や母乳から次世代にわたった微量の環境ホルモンは様々な 障害を起こすという成績は無視できないものがあります。母乳の安全性についてもさらに様々な角度から検討する必要があると思います。いづれにせよ、現代社 会の環境ホルモン汚染を最小限に止め、母乳を環境ホルモンの汚染から守る努力を怠らず、より安心な母乳保育を確立していくことが大切だと考えています。

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